図解 自分の気持ちをきちんと<伝える>技術 という本を読んだ。
アサーションを学んだ、だからアサーションをやっていきます、というのは現実解ではないと自分は思う。アサーションは世の中の人たちすべてがアサーションを知識として知っており、意図を理解していれば成立するだろう。しかし相手がアサーションを知らない場合アサーションに気づかないし、伝わらないのではないかと思う。実際自分はアサーションが権利であるということを知らなかった。権利を平気で踏みにじってくる人もいるだろう。よってアサーションが通用しない相手とどう付き合うべきかも考えておく必要がある。
以下のようなことをやってみるといいかもしれない。
- まずは勇気を出して相手にアサーションしてみて、通用する相手かそうでない相手なのかを判断する。アサーションが通用しないのならそれ以外に訴える(例えば損得で訴える、理屈で訴える)とか、諦めて付き合いを避けることを視野に入れる。
- 私が間違っているかもしれませんがというような前置きをつけるのはやめてみる。
- 失敗したことよりできたことに目を向けてみる。(失敗したこと以上にできたことも挙げてみる)
以下はメモである。
意見は一致しないのがあたり前で、衝突することを恐れてはいけないらしい。自分は意見は一致しないのが当たり前だと思うが、その結果衝突するのを恐れる。相手に合わせたり、自分の意見を押しつづけるうちに疲れる。衝突は嫌なことだがもしかしたらこういうことを続けるうちに自信が生まれるのかもしれない。
自分は聞いてくれなさそうだと思った人には内心を話さない。アサーションしやすい人としにくい人がいる。
自分は完全に非主張的でも完全に攻撃的でもない。
失敗を恐れるとアサーティブになれないらしい。現実には話を否定したり都合の良いようにコントロールしようとする人がいるが、そういう人とはどう関わればよいのか?
アサーションは基本的人権の一つらしい。自分がやりたいことを言うのは許されるらしい。
みんながみんな自己主張を行うとまとめる人は混乱しそうな気がする。人間は思ったことを即座に素直に話すということはなく、話す前にこの人に話すべきか、いつ話すべきか、話した結果予想される利害などを無意識に考えるのではないか。自分の気持ちを伝える基準を過去の経験を元に不明確ながら持っているのではないか。こういう不明確な基準を常識というのかもしれない。
アサーションはスキルである程度実践できるらしい。
以下のようなことを感じるとき、性、役割、年齢、地位などの固定化されたイメージによる行動をしていて、自信を失っている可能性があるらしい。
- 頼まれごとを断るとき罪悪感を覚える
- 人から大切にされないのは自分が劣っているからだと思う
- 自分の欲求や希望を言うときは控えめにすべきだと思う
- 喜怒哀楽を表現してはいけないと思う
- 失敗してはいけないと思う
アサーションの権利があると思うだけで気が楽になるらしい。
自分の決断に責任を取らないとき、人は後悔するらしい。
攻撃とアサーションの明確な違いは何なのか。人の言動を攻撃とアサーションに2分するとき、何が基準になるのか。
利害を考えてアサーションしない選択もできる。
半分くらいの人に好かれる程度でいいらしい。
本によると、自分は失敗の恐怖が強く、自分の思いと違うことが起こることを嫌い、不安はコントロールできないものだと考えるらしい。自分は他人にお願いをすることができるが、他人を変えることはできない。自分はお願いしても解決しないことを学んで、かかわりを避けるようになった。
失敗したことよりできたことに目を向けるべきらしい。 よく言われることだし自分も全く同意するが、実際には真逆のことをやる。できたことを挙げてみるのがいいらしい。
不安をコントロールするには筋道立てて考え予測し、解決策を考えることらしい。そこから先はどうにかなるものだと考えるとか、諦めることが本に書かれている。
人が気持ちをオープンにしないのは、誤解や無視、攻撃などに出会って傷つき臆病になっていることが多いらしい。余計なことを言ってはいけない、差し出がましい、目上の人には簡単に、なども思い込みもあるらしい。
開かれた質問は発散しがちなので好きじゃない。
問題解決にはDESC法というのがあるらしい。
- Describe: 描写する。客観的なことを述べる。
- Express: 表現する。主観を述べる。
- Specify: 実行可能なことを相手に提案する。
- Choose: 選択する。
DESC法を無視する人もいると思う。
自分は自分を無視していいですよと暗に伝える事が多い。私が間違っているかもしれませんが、大したことではないのですがという前置きはよく使う。
感情表現は相手に脅威や不愉快さを与えないで伝えるか、いかに相手の感情も受け取るかが大事らしい。
言葉と行動の不一致をしてはいけないらしい。ふくれ面をしながらいいですよというなどは言葉と行動の不一致である。
怒りは経験、価値観、意見、行動様式の違いからあらわれる事が多いらしい。どうしてほしいのかに変換すること。当事者で解決できないことは第三者に仲介を頼むこと。
苦手な人がいるのは事実だが、そこから全ての人がそういう人間だという考えは自分の思い込みだと自覚すること。また自分の主張を放棄する理由にはならないと理解すること。
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