浅倉秋成 - フラッガーの方程式

フラッガーの方程式 という本を読んだ。

教室が、ひとりになるまで が良かったので、同じ著者の作品を読むことにしたのだ。

この作品は概ね3つのパートで構成されている。

  1. 御園生編
  2. 一ノ瀬編
  3. 佐藤さん編

最初は作風の違いが新鮮でページをめくっていた。しかし500ページ弱あるうちの100ページ目くらいで、一度読むのをやめようかと思った。ボケとツッコミで進行する序盤は自分にとっては寒々しく感じられた。フラッガーシステムが周辺の人物の人格を歪めているのも読んでいて心苦しかった。主人公である東條がこのままフラッガーシステムにのめり込んだり振り回されるだけだったら本当に読むのをやめるところだったが、東條の決して悪い気はしない、しかしどうしても心から楽しめないところがある、という内声に引っかかるものがあったので読み続けることにした。

自分は東條が自身のエゴで周囲の人格を振り回すことに葛藤する展開や、佐藤さんは実は意志が強くてフラッガーシステムに振り回されずに行動していることがわかるシーンが出てくることを期待しながら作品を読みつづけた。しかし結局こういう要素はなかった。にもかかわらず自分が読み終えることができたのは、結局物語が王道的なエンタメに収束したからだ。

佐藤さん編になるとイロモノっぽさは鳴りを潜め、王道的に、ドラマチックになってくる。

作中人物が語る内容から、作者は創作のご都合主義の存在を認識しつつも、それを否定していないような気がした。フラッガーシステムは人命に関わる安易な悲劇に走るし、終わってしまえば途中の破壊的な出来事は適当に片付けられて、終わり良ければすべて良し的なハッピーエンドが強調される。この点はご都合主義と言えるし、だからこそ期待通りの、純度の高い面白さを味わえる。

しかしそこに至るまでに挫折する読者はいそうである。御園生編、一ノ瀬編での出来事は無意味ではなく佐藤さん編でも機能するのだが、せいぜい1, 2行で回収される程度なので、思い切って最初から佐藤さん編をやってほしかった感がある。

おたより

おたよりはまだありません。